gajyumaro (*´ω`*) の転ばぬ先の杖

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早期胎盤剥離の体験談 ~帝王切開手術後から現在まで~

 私は、37歳で子供を産みました。不妊治療の結果、出来た大事な大事な赤ちゃんです。高齢だからと心配していましたが、経過は順調。だったのですが、早期胎盤剥離を起こしてしまいました。その時の様子について体験談としています。
早期胎盤剥離を起こした体験談 ~緊急帝王切開まで~ からの続編となっています。手術後から現在に至るまでの経過です。

手術後1日目 

 私は、不眠の方ですが、やっぱり身体もココロも疲れていたのだと思います。めちゃくちゃ眠れました。朝ご飯を食べた後も、めちゃくちゃ眠れました。昼前になり、赤ちゃんに会いに行けることになりました。私は「看護師なんだから、ちゃんと離床(起きて歩いたりすること)進めなきゃ!!」と思い、頑張って歩きました。尿の管も抜いてもらいました。傷は押さえながら起き上がったり歩いたりすると、少し痛みが楽になります。切った後の皮膚が動くから痛いんです。なので、押さえてなるべく動かない様にすれば、ちょっとは痛みが楽になります!!この日は、トイレと診察と赤ちゃんに会いに行く程度で、基本的にベッドにいました。

初乳

 ベッドで寝ていると、看護師が来ておっぱいマッサージをして、初乳を取っていきました。全然痛くなかったです(#^.^#) 初乳は、ほんの少ししか出ませんでしたが、これを赤ちゃんにあげれば、赤ちゃんの抵抗力が強くなるからって事でした。

どんどん痛くなる傷の痛み

 術後2日目以降も頑張って歩きました。歩くことは、回復を早めることにつながります。熱もないし、傷が痛いのはありましたが、当たり前程度で、何も問題ありませんでした。が、3日目、4日目となるに従い、どんどん痛くなります。まだ、術後ぐ1~2日目の方が楽でした。一緒に帝王切開だった方に聞いたら、ちょっとづつ楽になっているって。おかしいなって思いました。でも、2、3日目に傷の痛みを強く感じることは、まぁまぁあるので、気にしない様にしていました。

術後5日目 発熱 子宮内感染

 そして、5日目、びっくりするくらいのガタガタする震えが来て、40度近くまで発熱しました。抗生剤の点滴が始まりました。朝、夕の2回です。エコーの結果では、子宮内感染があるとのことでした。

連日の処置への恐怖

 お腹も傷もどんどん痛くなります。部長先生が診察した時に、子宮内で操作してて「バチンッ」って音がした途端、激痛が走りました。何か残っていた組織を取ったらしいです。恐ろしく痛かったです。それ以降、感染があるせいか、内診やエコーがすごく痛くて、恐怖がわいてきて、看護師に伝えました。看護師さんは、先生に言いますね。とか、今日はこの先生だから大丈夫ですよ。とか、色々と相談にのってくれました。が、やはり痛いものは痛かったです。

傷が破裂!!

 そんなこんなで、毎日処置をしていたのですが、熱は連日40度近くあります。点滴の抗生剤も効いているのかわかりません。通常は、3日目位からは大体効果が現れます。が、その兆しが全くありません。解熱剤で下げて、また上がるの繰り返しです。
そして、発熱から1週間位たった日、診察を待っていると、なんか傷に当てているガーゼに何か出た感じがしました。診察台で見てみると、膿でした、めっちゃ臭かったです。熱源はこれだったんだなーって思いました。その時、診察した医師は、一番最初に早期胎盤剥離と診断できなかった医者です。お産の時は、過剰陣痛の私に「歩け!歩け!と、言っていたあの医者です。(-"-) この時は、めちゃくちゃ優しくて、というか、私に気を遣ってか、「〇〇さんが、膿を出す?痛くないように自分で押してみて。私、サポートするから。」って。きっと初診の対応が出来ていなかった事を部長に指摘され、私に対して顔向けできないんだろうなって思いました。全くの別人のようでした。。とりあえず、その場で排膿できる分は排膿しました。

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皮下の膿瘍

 膿が出た日から解熱しはじめました。それでも38度程度の熱はありました。お腹を良く見ると、膿瘍がくっきりわかりました。破裂した部分以外に、傷の周囲と傷から離れて両側にも膿の貯まりがありました。連日の高熱で、赤ちゃんへの授乳以外は、寝ていたことで、重力に従い膿がお腹の左右に拡がったのだと思います。翌日、先生たちが処置に来ました。容赦なく破裂した傷を、生理食塩水でごしごしこすりながら洗います。傷の上の方と真ん中と下の方が破裂したので、くっついている皮膚もありました。また、どこまで穴が開いているのかをゾンデという細い棒をつっこんで確認します。感染した傷は痛いんです(´;ω;`) 本当に痛くて、またまた恐怖になりました。これを、1日2回します。さらに、感染を抑える治療材を傷につめこみます。すると、それが膨張して、神経に触るような痛みへと変わり、痛くて痛くてたまりません。毎日が恐怖でした。痛み止めを2種類、1日6回に分けて服用して頑張りました。処置1時間前には教えてもらったりもしました。痛い処置前には、麻酔を使う事も希望しました。麻酔する方が痛いよ。とのことでしたが、絶対そんな事ありませんでした。麻酔すれば処置している時間だけは、痛みが押さえられます。神経に触るような痛みの辛さ、お前らにわかるんかーーーー(>_<)って思っていました。傷に入れる治療材の使用方法も、ぎゅうぎゅうに詰め込んでいました。その治療材の使用方法を医師が理解しておらず、私がやんわり伝えても、聞いてくれなかったので、創傷ケア専門ナースに頼んで、一緒に処置についてもらい、挿入する範囲について医師に助言もしてもらいました。その事で、少しですが楽になりました。

我慢強い私も泣いてしまった

経過が順調でなかったので、夫は転院を勧めていました。「言いにくいなら、俺が先生に言ってやろうか。」って。でも、もう今更って感じもありました。現時点での治療方法は根本的には、間違っていません。最初の対処自体が問題だったのでは?というのが、一番の原因だと思っています。でも、
 ⓵毎日の痛すぎる処置
 ⓶処置後のズキズキ、ヒリヒリと歩くのも辛い痛み(洗髪は毎日したいのに、身体を動かすのが辛くて、1回/2日しかできなかった位です。)
 ⓷膿がある現状(知り合いの救命科医師より、左右の膿の塊も切開した方が良いと言われている。自分でもわかっているが、傷が増えてしまう辛さがあって迷っている。部長先生は、経過を見ようと言ってくれている。)
 ⓸先生や看護師が言う事が違っている時がある現状
 ⓹産後であり神経がナーバスになっている
 ⓺連日の発熱で食欲もなく体力も消耗し、全身筋肉痛の様な体の痛みが辛かったこと
ってなことが、原因だったのだと思いますが、ついに涙が出てしましました。我慢強い方なので、泣くと結構泣きます。止まりません。不安で不安で、受け持ち看護師にも、夫にも、友人の前でも泣いてしまいました。不思議と母の前では泣けませんでした。なんか、泣いて心配かけちゃいけないってのがあったんだと思います。まぁ3日間位は、泣いていました(-"-) 本当に後悔したことは、出血した日の受診の日に、エコーを強く希望しなかった事です。私は、普段仕事の時には、先生にも良く物申す方です。それが、患者さんの為だと思うからです。指示が出ておかしいと思ったら、先生に確認したり、必要だと思う検査などある場合は相談してやってもらったりもします。でも、今回の自分の時には専門分野(私は、産科で働いたことがありません)でないからと身をひきました。ちゃんと病気について知識はあったのに、、。次回から、おかしいと思ったら、自分の分野でなくても伝えようと思いました。自分を守るのは、自分です。先生が万能ではありません。もちろん、今回エコーをしていても、わからなかった可能性はあります。それならそうで諦めもつきます。やるだけやった!みたいに。今回は、検査出来る事があるのに、しなかったこと。出血が多かったので、早期胎盤剥離の可能性があるんだったら、その日に帝王切開をすぐに予定しても良かったことを提案できなかった事に後悔が残りました。

傷の処置 終盤

 連日処置を行っていると、ちょっとづつですが傷口が閉じてきて、25日目には、傷口に治療用材料を入れなくても良くなりました。傷はまだパカっと開いていますが。治療用の材料を入れなければ、痛みは1/3以下です。また、腹部の左右にあった膿の貯まりも、自然治癒力で小さくなっていってました。しゃがんだりしなければ、痛みはだいぶ楽になりました。食欲もすこしですが戻りました。無理して笑わなくても得害が出るようになりmした。

退院

 入院して28日目に退院しました。まだ、傷口は開いています。処置が必要ですが、私は看護師なので、自分ですることにしました。退院後、1か月程度で完全に傷は閉じました。左右の膿もなくなtったように見えました。

私の傷の跡

 治った頃から、今度はヒリヒリとした痛みが出てくるようになりました。私の傷跡は、ケロイドみたくなっていきました。膿が多かった部分は、特にそうなっていきました。そこで、ステロイドテープを貼り始めました。いっそのこと取り去りたいと思いましたが、手術となります。(-"-)そう簡単にはいきません。結局2年程度は毎日痛くて、3~4年目程度では、雨が降った日とかだけ、ちょっとした痛み(でも、さすらなきゃ痛いくらい)がありました。6年たった今は、痛みはありません。ケロイドの様な傷が残っているだけです。私はケロイド体質ではありません。感染が強すぎて、身体の免疫反応過剰に働いたのだと思いました。現に、点滴ですが、初めの頃は、全く痛くありませんでした。それが、傷の感染を起こしてからの点滴は、針を留置するのが痛いんです。向きや固定方法を変えてもダメで、毎日差し替えも行いました。2日目には、赤くなり静脈炎も起こす様になりました。どうしてかなって思っていましたが、今、思えば、あの時は、身体全体の免疫反応が強く出ていたのではないかと思っています。(私の憶測です。)

終わりに

 今回、創意胎盤剥離を起こしたこと、その事に対してすぐに帝王切開を行わなかった事が一因とも考えられる感染を起こし、経過が難航し傷跡がケロイド状になるという事態になりました。金銭的にも高くなりました。(個室にいました)専門医師だから言いにくい!ではなく、自分の身は自分で守るもの!と考えて行動した方が良いと思い、この記事を作成しました。ますます知識の重要さを感じました。

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